書くかどうか悩みましたが、ちゃんと残しておこうと思い、書くことにしました。実は前にも一度書いてはいましたが…。
3月11日、東日本大震災から六年が経ちました。東日本大震災は自分にとって大きな転機となった出来事でした。
震災から8か月経った11月、ボランティア参加の為に南三陸町へ行きました。特にこのボランティアへの参加は、自分自身の生き方や考え方を大きく変えるモノでした。
ボランティアでは、瓦礫撤去作業のお手伝いを2日間行いました。黙々と作業を行いましたが、全然終わらないですよ…。
少し掘ればいくらでも色んなモノが出てくるんです…。終わりの見えない作業でした。
瓦礫はまだいいんですが、衣類とか靴とか出てくるとちょっと精神的にキツかった…。なんか色々と想像してしまうんですよ…。
朝一番にボランティアセンターへ集合。そこでその日の作業内容等の説明があります。そしてそれぞれの場所に分かれ、作業を行うという感じ。
隣の敷地に建ってる建物の中で震災直後の写真が掲示されてました。
自分達が作業してた周辺の写真。奥に見えてるのは志津川病院。
志津川病院も津波で大きな被害を受けていました。
海に近づくにつれ、被害が尋常ではない状態…。堤防は決壊し、地盤沈下なのか常に浸水してる場所もありました。
あちこちでこんな風に瓦礫の山が…。大きな瓦礫は重機で撤去したそうです。その後に残った小さな瓦礫を人間の手で撤去してると言う訳です…。
海から少し離れた所でもこんな状態でした。
一番上の写真は志津川駅があった所。次の写真からはその周辺。ここから少し歩くとあの大きく報道された防災庁舎があります。その影響なのか、防災庁舎にはひっきりなしに人が訪れていました。
こんな中で作業をして、「死」と言うモノを強く感じました。
でも、自分がいつ死ぬかなんて分からない。何処でどんな風に死ぬのかも分からない。時間には限りがあると思い知らされたんですね。それまではあまり意識してなかったけど。
もし自分に終わりが来た時に、後悔したくないなあとも思いました。だったらやりたい事をやれるうちにやっておこうじゃないかと。
この時の体験や感じた事が、この後の自分の生き方にかなり大きく影響しています。そしてこの時、心に決めた事が一つありました。またこの場所に来ようと。
その後、色んな事をやり遂げてきましたが、これだけはまだ出来てません…。
あれから六年、復興もだいぶ進んでいるのではないかと思います。その光景をあの場所に立って見たい。いつかまた絶対に行きたいと思います。
自分に終わりが来るまでに。
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